黒江の通りはまるで鋸の歯のようにギザギザになっている。家が道に平行ではなく斜めに建っており庭や駐車場が三角形なのだ。
「なんか家が全部斜めに建ってますね?」
浩也は姉の背に問いかけた。
「ああ、これね。結局どうしてかはわからないみたいですよ」
専門家の研究でも結局わからないとのことだ。
大八車を止めやすいように斜めに車庫をつくったという説や、この辺りがもともと干潟で潮によく浸かったので潮が引きやすいようなつくりにしただとか、この鋸状の通りには諸説あるらしい。
姉が説明を続ける内、座席に埋もれていた勇一も体を浮かして家並みを眺めた。
「ここや、着いたで」
大きなガラスの引き戸に鈴木民芸品と白字で書かれていた。
ガラス戸越しに大きな壺や置物が所狭しと並んでいる。車はそのまま行き過ぎて、家の裏の空き地に止まった。
「ユウコォ」
車から降りると、姉は家の裏の二階に向かって声を上げた。二階のサッシが開いて若い女が顔を覗かせた。
「早かったね」
短髪でふっくらした顔の女が覗いた。
度のきつそうな黒縁の眼鏡を掛けている。姉は慣れた様子で勝手口から入った。浩也と勇一も後に続いた。
中に入ると黒っぽい作務衣を着た白髪男が居た。白髪は天然なのか縮れている。背は高くないが、二重顎に合ったふくよかな体躯で足下は素足だ。
「おおリエちゃんかすっかり大人になったなあ」
男は目尻に皺を寄せ笑顔をつくったが、直ぐに口元を結んだ。
「お父さんがほんまに大変なことになったなあ。何でも手伝えることがあったら遠慮無くユウコに言うてよ」
そう言って男は居間に三人を招いた。
ユウコがコーヒーとお菓子を持って入ってくる。姉が早速古文書の件を切り出した。
白髪男は鼈甲の眼鏡を外すと、浩也の差し出した古文書に顔を近づけじっと見入った。
「そうやなあ三十分ほど時間くれるかな。ユウコ、名手の資料館にでも連れてっておやり」
男は顔を上げるとまた眼鏡を掛けた。
三人は、ユウコの案内で近くの酒造りの資料館に行くことにした。
細い路地を五分程歩くと資料館に着いた。
「温故伝承館」と言う看板が掛かっている。
ユウコの説明では、創業百三十年の「名手酒造店」が、実際精米所として使っていたところを資料館に改造したとのことだった。
中にはいると酒製造器具や道具が所狭しと展示され、大型の精米機や酒槽がそのままの状態で残っていた。酒販用ポスターや蔵人の生活用具も展示されており、当時の生活文化がうかがえる。
勇一は、一人早足で資料館を見て回ると外に出て行った。
しばらくして浩也ら三人が資料館を出ると、なんと勇一は向かいの酒造店のテーブルで、冷や酒をあおっていた。
「あんたなあ」
姉の剣幕にも勇一は苦笑いだ。ユウコは目を丸くして複雑な表情だ。ほろ酔い加減で店員の女性と知り合いのように話している。
「なあ、親父にこの黒牛買うていっちゃろうや」
勇一がビール瓶ほどの大きさの酒瓶を掲げた。
黒牛とは名手酒造の代表酒である。
姉は急に怒った顔を緩めると、黒牛を一本購入した。隆三が無類の酒好きだったのだろう。
骨董品屋に戻ると宝の地図の解読がほぼ終わっていた。
白髪男は、四人を座敷に上げて説明を始めた。
ほろ酔いの勇一は、三人の後ろで肘をついて壁にもたれた。
古文書は江戸時代のものだった。
寛政十一年神無月の夜に、つむじ風剛右衛門(かぜのこうえもん)が自らの財宝を海に投げ入れ隠匿したと書かれてあった。古文書が正しければ、財宝は言い伝えられている友が島ではなく海の底に眠っていることになる。
「古文書に記載された金銀宝を時価に換算すると数十億円にも上ります」
「すっ、数十億円!」
と、勇一が壁にもたれた身を起こした。
「ええ、でも財宝を投げ入れた場所ははっきりとはわかりませんよ」
白髪男は古文書と自分の書いた説明の用紙をみんなの前に広げた。
古文書には簡単な図が記されてあるが、消えかかって判然としない。
見ようによっては、和歌山の海岸線を上空から見たような形にも見える。特に、向かって左に伸びた天狗の鼻のような図とその先にある大小の半円二つ。
「この天狗の鼻は和泉山地から連なった加太岬で、その先の大小の半円二つは間違いなく友が島でしょう」
白髪男は確信めいていった。
「そしたら天狗の鼻の下に平行に伸びる線は紀ノ川ですか」
浩也が言うと白髪男は頷いた。姉のリエも覗き込む。
その紀ノ川の直ぐ下には十円玉程の円が書かれており、円の真下にはそれとほぼ同じ大きさの三角形が書かれてある。
白髪男は、三角形の横に添えられた文字を指さした。
「神無月に虎の伏す、そう書かれています」
白髪男はみんなの顔を見渡した。
いつの間にか勇一が前のめりで首を突き出している。
ガバチャのひとり言
黒江の町並みは写真のような感じで家が斜めに建ってます。ボクはこれが両側にずっと続くような町並みを探したのですがなかなか見あたりませんでした。
通りすがりのおばさんに訊いたら今は少なくなったとのこと。
当時はなんらかの理由で合理的だったのでしょう。
和歌山県海南市黒江にある名手酒造店。この向かいに温故伝承館があります。
温故伝承館の中を撮影したものです。昔酒を造っていた様子がそのまま残されてます。
また、温故伝承館の中には、昔の生活用品などもたくさん展示されています。
こちらは、みしん。
これは、女性の化粧品? なのでしょうか。
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小説「神無月の頃」 その7
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三人はしばらく黙った。
近所の子供らが大声を上げながらはしゃいで走っていく。
勇一はトボトボと花壇の方に戻ってまた腰を下ろした。
「あの、笹のついた竹っていうのは?」
浩也が口を開いた。
「昔、浅場で餌の海老を捕る時にやりよったこともあるけんど今頃やるもんはおらん。あと考えられるんは海底の位置出しやな」
勇一はうつむいたまま答えた。
「海底の位置出し?」
「ああ、海に潜る所の目印として沈めとくんや」
「・・・・・・」
「で、お前その場所どこかわかったんか?」
勇一がゆっくりと顔を上げて訊いた。
「それが、全然解りません」
浩也は古文書を広げた。女が寄ってきて覗き込む。
「アネキ、学校出ちょったらなんて書いてるかわからんのか?」
言って勇一はまたうつむいた。やはり、この女は勇一の姉らしい。
姉は怪訝そうな顔で古文書に目を落とした。
「なんなんやろ、これ?」
「それがさっぱりわからないのです」
と浩也は姉の手に古文書を渡した。
古文書には小さな三角や丸、大きな半円などがミミズの這った文字に囲まれるように記されている。
「なあアネキ、知り合いとかでそんなんに詳しそうなのおれへんのか」
と勇一が顔を上げた。
「うん、黒江の鈴木ならなんとかなるかもしんないわ」
姉は独り言のように言った。
「それって友達かあ?」
勇一は煙草を取り出した。
「高校の時の同級生よ。実家が民芸品店で、お父さんは結構名の知れた鑑定士やって言ってたわ」
「そ、その方にぜひ」
と、浩也が言うと姉はしっかりと頷いた。
「早いほうがいいんでしょう。今からちょっと連絡取ってみるわ」
姉は家の中に戻っていった。
勇一は浩也に古文書を手渡すと、煙草に火をつけた。
未だ未成年のはずだが何の躊躇もない。浩也は黙ったまま目をそらすように庭を見渡した。
剪定されたつげの所々から枝が飛び出ている。いつも隆三が剪定していたのかもしれない。勇一がそんなことをすることもないのだろう。
足下にいくつか煙草の吸い殻が落ちているのは勇一のものに違いない。思う端から、勇一が煙草の吸い殻をポイ捨てした。落ちていたものと同じ吸い殻だ。
「アネキのやつ遅せーなー」
と勇一が独り言を言う。
姉が携帯を持ったまま出てきた。
「今からでもいいって言ってるけど?」
「えっ今からか」
と返す勇一の横で、浩也は首を縦に振った。
「じゃあ、今から行くわ。そうやなあ半時間ぐらいやから二時前ぐらいになると思うわ」
そう言って、姉は携帯をたたむと浩也と勇一の顔を交互に見た。
「あたしは鍵取ってくるから。勇一、出るまえに灯油缶だけ倉庫に運んどいてや」
勇一は、素直にんーとだけ答えて家の裏に消えた。
支度が出来た姉は黒の軽四を家の前に出した。
助手席に勇一が、後部座席に浩也が乗り込んだ。ボンネットにピンクの猫の縫いぐるみが置かれ、ルームミラーからは派手なウサギのアクセサリーが吊られている。甘い香水の匂いが鼻をついた。
姉の泣き疲れた顔と車内の鮮やかさとのギャップが、隆三の死の突発性を表しているようだ。勇一が煙草を取り出すと、「禁煙やで」と姉が釘を刺す。
勇一は無言で煙草をしまうと、CDデッキのボタンをさわり始めた。CDが入っていなかったのか、今度はCDケースをしきりに捲っている。
「アネキってろくなCDないなあ」
そう言って、勇一は選んだ一枚をデッキに挿入した。突然エレキの大音響が鳴った。
とっさに姉の手が伸びる。
「あんたなー、お客さんおるんやからじっとしときいや」
勇一はふてくされて座席に深く身をもたせた。
車は、密集した家に挟まれたすれ違いも出来ないほど狭い道をすいすいと進んだ。踏切を渡ると道が大きくなった。
「お前高校どこや?」
勇一が振り返って訊く。
「K校です」
「すげーお前かしこいんやなー」
「あそこって毎年東大に何人も通ってるんでしょう」
姉がデッキの音量を下げながら言った。
「来年受験なんでしょう?」
「ええ、でも・・・・・・受けません」
姉は小さな声で、「そう」とだけ言った。
「K校やったら高卒だけでも凄いやんか。なんぼでも働き口あんで」
勇一が言うと、姉もこっくりと頷いた。
三人は暫し黙った。
浩也はポケットから古文書を取り出すとまた眺めた。
母と隆三もこの古文書を何度も眺めたことだろう。そして解らずに、自分たちと同じように誰かを訪ねたのだ。父も同じく解読に奔走したはずだ。
今、自分も同じ事を繰り返している。それも、あれほど嫌いだった隆三の息子らと一緒に。
この一枚の古文書は、これまでも人を替えながら同じ行いをさせてきたに違いない。誰一人として最後までたどり着かせることなく、ただ災いだけもたらすために。
つむじ風剛右衛門の呪い、本当にそんなことがあるはずはない。
父も母も偶然不幸に巻き込まれたのだ。いや、母は生きている。友が島での大規模な捜索は行われたが、それ以外の場所に立ち寄って母はどこかで取り残されているはずだ。
浩也はそう信じて古文書を見た。
黒江は和歌山市南隣の海南市にある。
車は、国体のために整備された広い道路を進み海南市に入った。毛見のトンネルを抜けると、黒江の漆器と書かれた大きな看板が現れる。
「おっ黒江って書いちゃらあっしょ。その下なんて読むんや?」
勇一の問に「シッキ」と姉が答えた。
「シッキぃ? 何やねそれ」
首を傾げる勇一に姉は即答できず少し間を置いて、「ほら、お椀とかよ」と言った。
浩也は漆器を知っていたが、確かに漆器を勇一に言葉で理解させることは困難だ。
「へー、お椀のことシッキって言うんか。知らんかったっしょ」
勇一はお椀と聞いて興味を削がれたのか、CDケースをめくり始めた。
道が突然狭くなり、車はスピードを緩めて路地を這うように進んだ。
黒江は時代を感じさせる古い町並みだ。古くは熊野霊山への入り口と見なされ熊野古道として親しまれた。また、江戸時代には漆器の街として栄え全国に黒江の名が知られている。
「ここの漆器はもともとは根来寺からきたんやんか」
姉がさらりと言った。
「えっおじいちゃんとこの」
「そうよ、あんた小さい頃おじいちゃんから何回も聞かされてたやん」
「そうやったっけなー」
紀ノ川沿いにある根来寺は鉄砲伝来でよく知られている。この寺を豊臣秀吉が焼き討ちした時、多くの漆器職人が全国に逃げ散らばったとのことだ。
「輪島塗かて根来から逃げ延びた職人が始めたんや言うてたやん」
「へー、アネキくわしいんやな」
勇一は選んだCDを入れ替えると、座席に深くもたれた。
黒江の通りは、格子戸が張り付いた低い家が並び白い提灯が所々に吊されていた。車は歩くほどの速度になった。
「もうすぐか?」
勇一の問いに姉はウンとだけ答えて、ハンドルにしがみつくように前屈みで慎重に車を進めた。
窓外を眺めるうち、浩也は変なことに気がついた。
ガバチャのひとり言
ロケハンで和歌山市の南隣にある海南市の黒江に行ってきました。
黒江は歴史の街、漆器の街、酒造りの街、ボクの大好きな街です。
造り酒屋「黒牛」で有名な名手酒造店で温故伝承館を見て休憩しました。
店員の女性の方と会話が弾み、ボクはいつになく? 饒舌に。
振る舞われたのは写真の「甘酒」です。
原付なので酒は飲めないです、というと「製造過程でアルコールの発生する前のですから大丈夫」とのこと。
へ~、ホントかな、と。
んじゃ、とチビリチビリ。
甘~い。こりゃいけるワ。
と、しばし黒江の旅情にひたりました。
明日より、高知の両親を紀南に旅行に連れてってあげますのでアップロードお休みします。
再開は、火曜日ぐらい、かな

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