三人はしばらく黙った。
近所の子供らが大声を上げながらはしゃいで走っていく。
勇一はトボトボと花壇の方に戻ってまた腰を下ろした。
「あの、笹のついた竹っていうのは?」
浩也が口を開いた。
「昔、浅場で餌の海老を捕る時にやりよったこともあるけんど今頃やるもんはおらん。あと考えられるんは海底の位置出しやな」
勇一はうつむいたまま答えた。
「海底の位置出し?」
「ああ、海に潜る所の目印として沈めとくんや」
「・・・・・・」
「で、お前その場所どこかわかったんか?」
勇一がゆっくりと顔を上げて訊いた。
「それが、全然解りません」
浩也は古文書を広げた。女が寄ってきて覗き込む。
「アネキ、学校出ちょったらなんて書いてるかわからんのか?」
言って勇一はまたうつむいた。やはり、この女は勇一の姉らしい。
姉は怪訝そうな顔で古文書に目を落とした。
「なんなんやろ、これ?」
「それがさっぱりわからないのです」
と浩也は姉の手に古文書を渡した。
古文書には小さな三角や丸、大きな半円などがミミズの這った文字に囲まれるように記されている。
「なあアネキ、知り合いとかでそんなんに詳しそうなのおれへんのか」
と勇一が顔を上げた。
「うん、黒江の鈴木ならなんとかなるかもしんないわ」
姉は独り言のように言った。
「それって友達かあ?」
勇一は煙草を取り出した。
「高校の時の同級生よ。実家が民芸品店で、お父さんは結構名の知れた鑑定士やって言ってたわ」
「そ、その方にぜひ」
と、浩也が言うと姉はしっかりと頷いた。
「早いほうがいいんでしょう。今からちょっと連絡取ってみるわ」
姉は家の中に戻っていった。
勇一は浩也に古文書を手渡すと、煙草に火をつけた。
未だ未成年のはずだが何の躊躇もない。浩也は黙ったまま目をそらすように庭を見渡した。
剪定されたつげの所々から枝が飛び出ている。いつも隆三が剪定していたのかもしれない。勇一がそんなことをすることもないのだろう。
足下にいくつか煙草の吸い殻が落ちているのは勇一のものに違いない。思う端から、勇一が煙草の吸い殻をポイ捨てした。落ちていたものと同じ吸い殻だ。
「アネキのやつ遅せーなー」
と勇一が独り言を言う。
姉が携帯を持ったまま出てきた。
「今からでもいいって言ってるけど?」
「えっ今からか」
と返す勇一の横で、浩也は首を縦に振った。
「じゃあ、今から行くわ。そうやなあ半時間ぐらいやから二時前ぐらいになると思うわ」
そう言って、姉は携帯をたたむと浩也と勇一の顔を交互に見た。
「あたしは鍵取ってくるから。勇一、出るまえに灯油缶だけ倉庫に運んどいてや」
勇一は、素直にんーとだけ答えて家の裏に消えた。
支度が出来た姉は黒の軽四を家の前に出した。
助手席に勇一が、後部座席に浩也が乗り込んだ。ボンネットにピンクの猫の縫いぐるみが置かれ、ルームミラーからは派手なウサギのアクセサリーが吊られている。甘い香水の匂いが鼻をついた。
姉の泣き疲れた顔と車内の鮮やかさとのギャップが、隆三の死の突発性を表しているようだ。勇一が煙草を取り出すと、「禁煙やで」と姉が釘を刺す。
勇一は無言で煙草をしまうと、CDデッキのボタンをさわり始めた。CDが入っていなかったのか、今度はCDケースをしきりに捲っている。
「アネキってろくなCDないなあ」
そう言って、勇一は選んだ一枚をデッキに挿入した。突然エレキの大音響が鳴った。
とっさに姉の手が伸びる。
「あんたなー、お客さんおるんやからじっとしときいや」
勇一はふてくされて座席に深く身をもたせた。
車は、密集した家に挟まれたすれ違いも出来ないほど狭い道をすいすいと進んだ。踏切を渡ると道が大きくなった。
「お前高校どこや?」
勇一が振り返って訊く。
「K校です」
「すげーお前かしこいんやなー」
「あそこって毎年東大に何人も通ってるんでしょう」
姉がデッキの音量を下げながら言った。
「来年受験なんでしょう?」
「ええ、でも・・・・・・受けません」
姉は小さな声で、「そう」とだけ言った。
「K校やったら高卒だけでも凄いやんか。なんぼでも働き口あんで」
勇一が言うと、姉もこっくりと頷いた。
三人は暫し黙った。
浩也はポケットから古文書を取り出すとまた眺めた。
母と隆三もこの古文書を何度も眺めたことだろう。そして解らずに、自分たちと同じように誰かを訪ねたのだ。父も同じく解読に奔走したはずだ。
今、自分も同じ事を繰り返している。それも、あれほど嫌いだった隆三の息子らと一緒に。
この一枚の古文書は、これまでも人を替えながら同じ行いをさせてきたに違いない。誰一人として最後までたどり着かせることなく、ただ災いだけもたらすために。
つむじ風剛右衛門の呪い、本当にそんなことがあるはずはない。
父も母も偶然不幸に巻き込まれたのだ。いや、母は生きている。友が島での大規模な捜索は行われたが、それ以外の場所に立ち寄って母はどこかで取り残されているはずだ。
浩也はそう信じて古文書を見た。
黒江は和歌山市南隣の海南市にある。
車は、国体のために整備された広い道路を進み海南市に入った。毛見のトンネルを抜けると、黒江の漆器と書かれた大きな看板が現れる。
「おっ黒江って書いちゃらあっしょ。その下なんて読むんや?」
勇一の問に「シッキ」と姉が答えた。
「シッキぃ? 何やねそれ」
首を傾げる勇一に姉は即答できず少し間を置いて、「ほら、お椀とかよ」と言った。
浩也は漆器を知っていたが、確かに漆器を勇一に言葉で理解させることは困難だ。
「へー、お椀のことシッキって言うんか。知らんかったっしょ」
勇一はお椀と聞いて興味を削がれたのか、CDケースをめくり始めた。
道が突然狭くなり、車はスピードを緩めて路地を這うように進んだ。
黒江は時代を感じさせる古い町並みだ。古くは熊野霊山への入り口と見なされ熊野古道として親しまれた。また、江戸時代には漆器の街として栄え全国に黒江の名が知られている。
「ここの漆器はもともとは根来寺からきたんやんか」
姉がさらりと言った。
「えっおじいちゃんとこの」
「そうよ、あんた小さい頃おじいちゃんから何回も聞かされてたやん」
「そうやったっけなー」
紀ノ川沿いにある根来寺は鉄砲伝来でよく知られている。この寺を豊臣秀吉が焼き討ちした時、多くの漆器職人が全国に逃げ散らばったとのことだ。
「輪島塗かて根来から逃げ延びた職人が始めたんや言うてたやん」
「へー、アネキくわしいんやな」
勇一は選んだCDを入れ替えると、座席に深くもたれた。
黒江の通りは、格子戸が張り付いた低い家が並び白い提灯が所々に吊されていた。車は歩くほどの速度になった。
「もうすぐか?」
勇一の問いに姉はウンとだけ答えて、ハンドルにしがみつくように前屈みで慎重に車を進めた。
窓外を眺めるうち、浩也は変なことに気がついた。
ガバチャのひとり言
ロケハンで和歌山市の南隣にある海南市の黒江に行ってきました。
黒江は歴史の街、漆器の街、酒造りの街、ボクの大好きな街です。
造り酒屋「黒牛」で有名な名手酒造店で温故伝承館を見て休憩しました。
店員の女性の方と会話が弾み、ボクはいつになく? 饒舌に。
振る舞われたのは写真の「甘酒」です。
原付なので酒は飲めないです、というと「製造過程でアルコールの発生する前のですから大丈夫」とのこと。
へ~、ホントかな、と。
んじゃ、とチビリチビリ。
甘~い。こりゃいけるワ。
と、しばし黒江の旅情にひたりました。
明日より、高知の両親を紀南に旅行に連れてってあげますのでアップロードお休みします。
再開は、火曜日ぐらい、かな

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