鮎釣り師ガバチャのひとり言

釣りあげた鮎で仲間と酒を飲む   これ人生のユートピア!


    ガバチャのエッセイ

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    E38090~1


     奈良の大仏様が祀られている神殿の一角に
     柱に開いた大きな穴があり、ここを通り抜けると幸せになれるという。
     
     誰かから、この穴を通り抜けようとしたおばさんが途中で引っかかって、皆に引っ張り出されたという話を聞いたことがある。


     ところ変わって香川県の高松市。
     ボクが友人のS君の実家に遊びに行った時の話だ。


     特に見るところもないが近くに神社があると言うので行ってみた。そこに石でできた大仏殿の柱と似たようなものがあった。
     やな予感。


    「よーし、久しぶりに抜けてみるか」
     とS君ニタリ。
     ボクはS君の太鼓腹を見てとがめたが、S君はためらうことなく腹這いになって四角い穴に頭から突入した。


     芋虫のようにモゾモゾはいずる。うなりながらなんとかお腹の所まで突入した時に、ぴたりと動きが止まった
     ひぃ~とS君。

     息はできるかと訊くとウンとだけ答える。うつむいたまま顔も回せない状態だ。


     ボクはS君のジャンパーを脱がそうとした。が、知恵の輪みたいになってよけい変になる。足の方から引っ張るもビクともしない。

     反対に回ってバンザイ状態の両手をちぎれるぐらい引っ張ると、うわぁっと悲鳴を上げてちょっとだけ動いた。が、今度はベルトの所が穴の両側につっかえて止まった。


     拷問のようにS君の顔がゆがむ。
     やむなくボクはS君のベルトを緩めズボンを脱がせた。ボクはS君の両手を渾身の力で引っ張り続ける。


    「う~ん、しあわせにぃ、しあわせにぃ~いーっ」
     と言いながらボクもS君も半泣きだ。

     その様を遠巻きに見ていた野良犬がウゥ~としっぽを巻いて逃げていく。


     無理矢理、何とかかんとか抜けた。


     ボクが息を切ってへちゃりこむと、S君は泥だらけのパンツ一丁で突っ伏したまま肩で息をしている。


     一種の荒行を終えたような二人。
     ボクは息を刻みながら「じ、人生そう易々と幸せはゲットできない」と力尽きたS君を慰めた。


                                             了



    【ガバチャマップ】 (有田川ダム上の鮎釣り駐車場マップはこのマップの中にビルトインしました。また、Koji Ohtaさんの作った七川の釣り場マップもリンクしています。)

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     ボクが鮎釣り師になったのは加藤さんという人と出会ったからに他ならない。

     高知の片田舎で育ったボクは社会人になると和歌山市に就職し、その職場に加藤さんは自動車運転手として働いていた。
     夏のある日、加藤さんの主催で職場レクが開かれる。場所は紀ノ川の中流部にある船戸橋の下で、職場の若い者が準備に動員された。一番下っ端のボクは朝早くから現地に行って日よけのビニールシートを張らされた。

     この日の料理は加藤さんが紀ノ川であらかじめ獲った鮎とズガニだった。
     何十匹もの大きな鮎に竹串を刺す。最初は手が滑ってうまくいかなかったが、加藤さんにこつを教えてもらって要領を得た。竹串に刺された鮎は炭火の周りに円陣を組むように並べられ、大きな竹かごですっぽりと覆われた。きつね色になったらできあがりだ。

     ズガニの方は手間取った。こちらは大きな竹かごの中に数十匹が生きたまま入っていて、大人の手の平もある厳ついズガニがわんさか這い上がってくる。それをつかんでは熱湯に入れるのだが、またすぐに這い上がってきて往生した。観念したズガニを棒で抑えつけて熱湯に沈めておくと、土色のズガニが鮮やかな赤色に変色する。調味料は鮎もズガニも塩だけだった。

     できあがった鮎とズガニが、川岸に集まった職場の家族連れらに振る舞われる。

     うまい! ボクらは夢中で舌鼓を打った。晴天の下で冷え切ったビールが喉を鳴らす。加藤さんは目を細めて冷酒をあおっていた。

     少し酔った加藤さんはやおら立ち上がると、「お前弟子や。手伝え」とボクを指名しタテ網の片方を持たせた。
    「今からこの前で鮎を捕りますので」と加藤さんがみんなに言うと歓声が上がった。
     ボクは加藤さんに言われるがままに紀ノ川に入っていった。

     指示どおりボクは対岸に渡るとタテ網を持ったまま上流に石を投げ続けた。すぐに肩が痛くなったが、みんなが声援を飛ばすのでやめられない。やっと網の引き上げとなって岸に戻ると、まるまるとした鮎が何匹も掛かっていた。

     その一匹を取り外した加藤さんは、人差し指で鮎の腹を割って内臓を取り出し、梅干しをつぶした梅肉を内臓の代わりに詰め込んだ。

    「これが紀ノ川の通の食べ方やして。そのままかじれっ」
     と加藤さんが言う。

     ボクが躊躇するとみんなから拍手と歓声が飛ぶ。ボクは顔をしかめて鮎にかぶりついた。
    「ん、お前は若いけど素質がある」
     と上機嫌の加藤さんはまた冷酒を美味しそうにあおった。

     思い返してみれば、それから四半世紀もの歳月が流れていた。
     転勤で和歌山を離れていたボクは再び転勤で和歌山に戻ることになる。
     ボクはすぐに加藤さんの家を訪ねた。さすがに年老いていたが、グリッと開いた目は昔のままだった。

     その夏、ボクは加藤さんに釣った鮎を持って行った。
    「おまはんが鮎釣り師になるとはのぉ」
     と加藤さんは目を細めた。
    「昔紀ノ川で加藤さんに鮎を食べさせてもらってから興味がわきました」
     とボクは返した。
    「今晩うちに泊まっていけ。おまはんにちょっと話したいことがあるんや」 
     と加藤さんがボクの手を引く。その時の表情が少し暗かったのが気になったが、ボクは遠慮してまた来るからと断った。
    「じゃあちょっと待っとけ」
     と家の裏に消えて行った加藤さんは、鮎釣りベストを下げて戻ってきた。
    「これ買ったんやけど足が悪うなって鮎釣りでけんようになったから、おまはんにやる。今度これ着て船戸橋の下で釣れ」
     と言われた。
    「はい。加藤さんの代わりにバンバン釣らせてもらいます」
     とボクが声を上げると加藤さんは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。

     なのに、ボクは釣りクラブの拠点である有田川の方に通い詰めて、紀ノ川にはつい行きそびれてしまった。

     翌年のある晩秋、久しぶりに加藤さんに鮎を持って行ったら寝たきりになっていた。

     ボクがそばに寄ると目を向けて何か言うが、何を言っているのか分からない。加藤さんは直ぐにまた眠ったようになった。意識が戻ってあんたのことわかったみたいやして、と奥さんが声を詰まらせる。
     あの時、加藤さんはボクに何を話したかったのだろう。

     その半月後、加藤さんは帰らぬ人となった。

     鮎ももう掛からなくなった肌寒い日、加藤さんからもらった鮎ベストを着て船戸橋の下で竿を出す釣りバカを、橋上から何人かが笑いながら眺めていた。

     約束は守るから約束で、守れなければ約束とはいえない。
     ボクはせめて一匹でもと鮎竿を繰った。

                                  了



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     私がまだ鮎釣りを始めて間もない30歳代の頃の事です。
     高知の鏡川で鮎を釣っていました。

     釣れているという情報を得て来た川なのにあまり釣れず、たまに釣れても小さい鮎しか釣れませんでした。私の背後で「こんな小さい鮎釣っても全然おもろないわ」と数人の釣り人らが不満そうに引き上げていきます。確かにその通り、と私もふてくされたまま竿をもって突っ立っていました。


     しばらくすると上手から釣り人が一人釣り下ってきます。

     やがてその釣り人は竿を担いで私のそばまでやってきました。


    「どうよ、にいちゃん釣れよるかえ?」
    「いいえ全然です」
     と振り返った私の目はそのおじさんの左手一点に止まりました。が、すぐに自分でも驚いた気配を隠そうと川の水をすくい上げて顔をバシャバシャ洗います。


    「暑すぎますよね今日は」
     などと私はおろおろ周囲の山に目を移しました。
     その釣り人はますます私に近づいてきます。周りには誰も居ません。
     私ははなんだか心細くなって少し後ずさりをしました。
     その釣り人の左手は手首から無く、手の代わりに頑丈な金属製の輪っかのようなフックが飛び出ています。
     ヒキブネのロープはそのフックに引っ掛けられて揺れていました。


    「にいちゃんどっから来た?」
     サングラス越しに覗き込まれた私はこわばりました。
    「わ、和歌山です」
    「えっ和歌山! また遠いところから来たんやな」
    「あ、いや生まれたのは高知なんで里帰りがてら来たまでです」
    「なるほどね。ここは解禁当初はよく釣れたけど今は釣り荒れで全然釣れんようになったがよね。トロ場には少し遊び鮎が残っているみたいやけどね」
    「はぁそうなんですね」
    「ちょっと下手に入らせてもらっていいかい?」
    「あ、どうぞどうぞご自由に」
     私は視線をそらせたままぎこちなく会釈をしました。
     

     その釣り人は下流の方にゆっくりと降りて行くとトロ場を選ぶように竿を伸ばします。
     私も自分の釣りを始めようとしますが、どうもその釣り人のことが気になってなかなか始められません。オトリ鮎をヒキブネから出そうとしたりしながらも、しゃがんではその釣り人の方を気づかれないようにちらりちらりと覗きます。


     しばらく何の変化もなく、その釣り人は空を見上げました。私もつられて空を見上げます。競り立った新緑に切り取られた小さな青空でトンビがくるりと輪を描いていました。と、視線を落としたらその釣り人が腰をかがめています。


     釣れたのだ!
     でもいったいどうやってタモ網に取り込むのだろう?
     タモ網は持てないだろう?


     するとその釣り人は、右手で持った竿に金属製の左手を添えてゆっくりと竿を立てていきます。そして岸の方に持って行くと、しゃがんで腰に差したままのタモ網に左手をクルクル繰って二匹の鮎を吊り上げました。

     驚いたのは手返しです。あまりにも早い。オトリ鮎の交換はしなかったようです。


     また掛かった!


     岸辺の方にゆっくりと後ずさりする最中、あぁっ、石に乗り上げてバランを崩した。瞬間、金属製の手が伸び背後の石にカシッと当たって石の粉が飛びました。いや、石の粉というよりか私には火花が散ったように見えたのです。


     あんなにまでして一生懸命鮎釣りを楽しんでいるなんて。
     釣れないし釣れても小さいしおもしろくない、なんてふてくされていた自分が恥ずかしく思えてきました。
     何一つ不自由のない体で鮎釣りができることに感謝しよう。
     私はこのおじさんと出会えて良かった。

     そして、鏡川で一緒に釣りができたことに感謝したいと思います。



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     有田川のアマゴ釣りの解禁の日に私はトバシを見た。

     それは競り立った木々に囲まれた高い空の真ん中にポツンと浮かんでいた。

     

     トバシとは山から切り出した原木をある程度の長さに切りそろえて、その何本かをワイヤーで束ねて吊り下げ、木材を運搬するトラックの待つところまで空中移動させる装置のことである。

     私の故郷の高知ではそれをトバシと呼んでいた。

     IMG_20200320_094249

     


     私がこのトバシを初めて見たのは2歳半ぐらいの時で、記憶史の一番最初に現れる。

     

     私は草に覆われた山道で母に背負われていた。

     と、首の後ろにチクッとした痛みを感じる。

     

     母は私を降ろして首の後ろを見ると

    「ダニや」と驚いて取ってくれた。

     

     私は取るときに怖くて泣いたのを覚えている。

     泣き止まない私に母は気を紛らわせるように

     

    「ほらトバシぞね」

     と言って山頂の方を指さした。

     

     見上げると高い空を材木の束が一定の速度で移動していた。

     その装置を動かしていたのが父の仕事だったらしい。

     

     二歳半というとちょうど今私の孫が同じ年齢である。

     こんな小さなときに……と私は孫を覗き込んだ。

     あどけない顔が返ってくる。

     

     孫の一番最初の記憶には何が残るのだろうか。

     

     もしも私だったら

     孫の記憶の中だけのことだとはいえ

     一番長く一緒に居られるような気がしてなんとなく嬉しい。

     

     そんなことを考えている自分は暇なのか、老いたのか……

     そろそろ鮎の準備でも始めましょう。

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     20年ほど前だったか
     高知の鏡川でアユを釣っていた時のことです。

     初めて来たのにあまり釣れず、たまに釣れても小さい鮎しか釣れませんでした。
     私の背後で「こんな小さい鮎釣っても全然おもろないわー!」
     と数人の釣り人らが不満そうに引き上げていきました。

     確かにそのとおり
     と私もふてくされたままねばっていました。

     しばらくすると上手から釣り人が一人釣り下ってきます。
     やがてその釣り人は竿を担いで私のそばまでやってきました。

    「どうよにいちゃん釣れよるかえ?」
    「いいえ全然」
     と振り返った私の目はそのおじさんの左手一点に止まりました。

     が、すぐに自分でも驚いた気配を隠そうとしたのか
     やおら川の水をすくい上げて顔をバシャバシャ洗いました。

    「暑すぎますかね今日は・・はは」
     などと私はおろおろ周囲の山に目を移しました。

     と、その釣り人はますます私に近づいてきます。
     誰もおらぬ深山幽谷
     私はなんだか心細くなって少し後ずさりをしました。

     その釣り人の左手は手首から無く
     手の代わりに金属製の輪っかのようなフックがついていました。
     ヒキブネはそのフックに引っ掛けられています。

    「にいちゃんどっから来た?」
    「和歌山です」

    「えっ和歌山! また遠いところから来たんやな」
    「あ、いや生まれたのは高知なんで里帰りがてら来たまでです」

    「なるほどね。ここは解禁当初はよく釣れたけど今は釣り荒れで全然釣れんようになったわ。トロ場には少し遊び鮎が残っているみたいやけどね」
    「はぁそうなんですね」

    「ちょっと下手に入らせてもらっていいかい?」
    「あ、どうぞどうぞご自由に」
     私はぎこちなく手を差し出した。

     その釣り人は下流の方にゆっくりと降りて行くとトロ場を選ぶように竿を伸ばした。
     私はゴクリと息をのんでその釣り人の所作を見た。

     しばらく何の変化もない。
     その釣り人は空を見上げた。

     私もつられて空を見上げた。
     競り立った新緑に囲まれた小さな青空
     その真ん中でトンビがくるりと輪をかいた。

     視線を落としたら釣り人が腰をかがめている。

     釣れたのだ!
     でもいったいタモ網はどうするんだろう?
     持てないだろう?

     するとその釣り人は右手で持った竿に金属製の左手を添えてゆっくりと竿を立てていく。
     そして岸の方に持って行くとしゃがんで
     腰に差したままのタモ網に左手をクルクル繰って二匹の鮎を吊り上げて入れた。

     驚いたのは手返しだ。
     あまりにも早い。
     オトリ鮎の交換をしなかったようだ。

     また掛かった!
     岸辺の方にゆっくりと後ずさりする。
     あっ、石に乗り上げてバランを崩した。

     瞬間、金属製の手が伸び背後の石にカシッと当たって石の粉が飛んだ。
     いや、石の粉というよりか私には火花が散ったようにも見えた。

     あんなにまでして・・・

     釣れない、釣れても小さいしおもしろくないなんて
     ふてくされていた自分が少し恥ずかしく思えてきた。

     何一つ不自由のない体に感謝しよう。

     私は
     このおじさんと出会えて鏡川で一緒に釣りができたことを嬉しく思った。
    キ7777ャプチャ






     ただ、あるがままを受け入れようゼ(*´ω`*)

     
     春は花 夏ほととぎす 秋は月
      冬雪さえて 冷(すず)しかりけり
                    【道元 】

     
     春は花 夏どかんぴゅ 秋は月
      冬はこたつで丸くなるニャーオ
                   【ガバチャ】
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    …020年は、ビートルズファンにとっては最後のオリジナルアルバム「レット・イット・ビー」が発表となり、バンド活動が幕を閉じてから半世紀、そしてジョン・レ…
    (出典:音楽(ENCOUNT))


    『レット・イット・ビー』("Let It Be")は、イギリスにおいて1970年5月8日に発売されたビートルズの13作目にして同バンドが活動中に最後に発表したオリジナル・アルバムである。また、同名映画のサウンドトラックである。 本作は映画『レット・イット・ビー
    28キロバイト (2,689 語) - 2019年11月1日 (金) 10:53



    (出典 img.aucfree.com)


    Let It Be (Remastered 2009)

    (出典 Youtube)


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