鮎釣り師ガバチャのひとり言

釣りあげた鮎で仲間と酒を飲む   これ人生のユートピア!


    何気ない日常の出来事

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     二日に私の実家でカニパーティの同窓会をやりました。
     長々と話題になったのはこれからどう生活をしていくのかということでした。

     皆それぞれの事情を抱えています。
     特に経済的なことはかなり具体な話になりました。

     俺は来年から年金はもらえるけど月に六万円ぐらい。
     これだけでは生活できないので延々と働き続けるしかない。
     まぁまだひとりもんで良かったと思うしかない。

     俺は家内のと合わせて二十万ちょっともらえるけど
     遠方での義母の介護もあって、施設に入れようかと迷っている。
     施設は月に十五万ほどとられるので貯金から切り崩すしかない。

     あたしは七十まで働いて年金月に三十万円目指します。
     年金が満額もらえるのは年収三百万円ぐらいまでで
     そこから年収が上がると反比例に年金の受給額は下がってくる。
     だいたい七百万円ぐらいになると年金は一銭ももらえないのよ。
     と、これまたひとりもんのがん闘病者。

     人生の離陸から長い水平飛行の時代を経て
     いよいよ着陸態勢に入ろうとしている自分たちを待ち受けているのは
     不安定な片肺飛行の滑空で、いつ激突するかもわからない老後なのでした。

     気が付いたらこんな年になっちゃってたね
     と、また酒に勢いをつけて若い頃の思い出話で盛り上がりましたが
     散会でウチを出ていく時の背中はみな小さくなっているような気がしました。

     やりたいことはできるうちにやっとかないと後悔するよ
     と言ったSの言葉が残ります。

     と、スマホが鳴って義母さんからの電話。
    「〇〇〇はいつ帰ってくるんね」
     と九州弁でハリのある声。

    「今日の晩です」
     とやんわり返します。

     飛行機嫌いの私を置いて
     チャッチャと日本から十日も海外に旅立った家内が帰ってきます。

     そうだったよな~
     家内不在で自分の羽がグンッと伸びていた時に
     羽が折れるぐらいの根性で冒険すればよかったな
     などと今更思ってももう遅い。

     小市民のガバチャが出向いたのは
     実家の近くの奈半利港

     コッパグレに遊ばれて子供のように喜んだだけの自分が悲し~い( *´艸`)




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    あけましておめでとうございます。

    冬休みになったら光陰矢の如しな日常も光陰亀の歩みになってのんびりできるかな~
    って思っていたら、しらんまに年が明けていました( ゚Д゚)

    年末はマーゴらとテーマパークや動物園に行って大はしゃぎ。
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    調子に乗ってたらいつの間にかじいじ一人が電池切れ。
    で、子供たちはいつまでたっても疲れ知らず

    こいつらきっと太陽光発電で動いてるんだと思いますわ( *´艸`)

    それでも最終日にはさすがにマーゴも疲れたのか
    やっちまったぜベイビー!

    朝方布団の一部に小さな世界地図をぬくぬくと描いていました( ゚Д゚)

    いきり立った先から勢いよく出た時の気持ちよさは
    男じゃないとわかんねえもんねえ~( *´艸`)

    やっとこさマーゴが東京に帰ったっつーんで
    グレ釣りに飛んでいきました。

    場所は高知県奈半利港

    でも、昼から半日全く生命反応なしで
    ひしゃくで延々とオキアミをまきつづけただけでした。

    最後に、ちょっと竿が曲がって納竿です。

    にゃんと
    2022の我が釣行記のエンドマークはこのコッパグレどしたぁぁあー( ゚Д゚)


    気が付いたら大みそか

    2022のブログなど振り返り総括記事を書こうとしたのですが
    あまりにもコンテンツが多すぎてプライオリティがつけられずに混乱のままうたたねを。

    起きたら親族の宴会が始まって何にもできず。
    で、目が覚めたら年が明けていました( ゚Д゚)

    まぁとにかく・・・
    2022は釣りキチ三子CUPよくやった!
    と、釣りキチ三子と一番遊んだ!
    にしておこう。

    ひょっとしたら2023も同じかもしれんけどな~ぶぶ *´艸`)



    とか、まだ布団の中で横になったままスマホ見てたら
    ピンピロッピンピロッてあけおメールっつーかあけおラインが鳴るわ鳴るわ

    ん・・・・

    Sからか、なになに、ほーほー、そうかい、ほいじゃあ
    てなことで
    明日うちの家で急遽カニ鍋パーティすることになりやした(^0_0^)

    で、今日は元旦から営業している安芸市のマルナカに買い出しに。

    戻ってきたら母がYouTubeでなんか見たいというので
    テレビに映してあげてたら突然キングコングが出てきて

    キングコングの雄たけびより大きな母の悲鳴が部屋中に轟きました!
    うぎゃぁぁああ~( ゚Д゚)
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    お目目直しに、高知の出身歌手のミヤマなんとかさんの唄が聴きたいっつーので
    映してあげました。

    こんなことで今年も年明けからドタバタで先が思いやられます。

    が、みなさん何卒よろしくお願いいたしますm(__)m
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     若い頃、海の仕事に配属され
     そこで特殊船舶の船員さんたちと知り合いました。

     船員さんたちは皆厳つい年配者ばかりで最初はビビリましたが
     話をするうちにやがて打ち解けて若い私は息子のように可愛がってもらいました。

     ある時、船員さんたちから昼飯に呼ばれます。
     乗船して食堂に行くと鮮やかに盛り付けた刺身が並んでいました。

    「おいっ、鯛の刺身や食え」
     と船長から勧められます。
     周囲の船員さんたちはなぜかざわざわ苦笑です。

     私は丼飯を持ってわさび醤油でパクリとやりました。
     うん、美味い!

     私の反応に皆がどっと沸きます。
     白身にやや赤みが差した柔らかい身は適度な甘さを伴って口の中でとろけていきました。

     私はその日から何度かその昼食に呼ばれて鯛の刺身に舌鼓を打ちます。

     あるとき本事務所からデスクの先輩が訪れたのでその鯛の刺身の話をしました。
     先輩はブーっと吹き出すと
    「お前その刺身食べとったら背骨が曲がるぞ」
     と私の顔を覗き込みます。

     なんでですか?
     と訝しげに先輩の顔を見ると、着いてこいとばかりに外に出て私を船着き場に連れて行きました。

    「お前が食べさせてもらってたのはこれやで」
     と岸壁から吊るしてある網を引き揚げました。

     そこには目を剥くほど大きな魚が何匹も入ってギラギラ跳ねています。
    「なんすかこれ?」

     当時まだ海の魚の事を全然知らなかった私が訊くと
    「ボラやがなボラぁ~」
     先輩はまた腹を抱えて笑いました。

     その時はまだ紀の川の河口部は水質も悪く油が浮いたりしていました。
     その黒い船着き場で釣りあげたボラを飼って船員さんたちはお昼に食べていたのです。

     思い返せば季節は寒い冬。

     寒ボラは私の背骨を曲げることもなく
     船員さんたちとの楽しい思い出として私の記憶に残り続けているのです(*´ω`)




    その頃、桟橋をモンローウォークしていた
    事務員のM本さんは今どこでどうしているのでしょうかね(^^ゞ

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    久しぶりに神戸の街に繰り出しました(*´ω`)
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    ステキなライブでしたね♡

    いつものように胃袋にターボがかかって
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    途中から記憶がありませんにゃが(*_*;
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    一転して今宵は家飲み。
    畑でとれたネギをポリポリ( ;∀;)
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    晩酌していたら、バイク王から書類が届きました。

    訳あってこれから故郷の馬路村に帰る機会が多くなり
    滞在も長くなる場合が多くなりそうなので

    原付を買ったのです。
    コケないようにと三輪車を選択しました。

    このバイクは原付なのに新車だとコミコミで50万円もかかるとのことなので
    程度の良い中古にしました。
    が、それでもえらい諭吉さんが束になって飛んでいきました( ;∀;)

    これで、後ろに友カン乗っけて安田川でアユ釣りをしたりアマゴ釣りをしたり
    はたまた、年老いた母のために村のお店に買い出しに行ったりと考えています。

    退職して村に戻ったら新聞配達か牛乳配達のバイトでもしようかな・・・( *´艸`)DSC06904

     今年の自分的な最大トピックスは
     釣りキチさん子CUPの実行委員長をやったことですが・・・
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     またまた実行委員長をやることになりました。

     その名も
    「オラが畑の柚子収穫祭」実行委員長です。
     メンバーは私の親族たち(*´ω`)
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     高知の実家に柚子が実っておりこれをみんなで採ろうというものです。
     それを絞って生酢にしたり、大阪の職場に送って
     みんなに冬至のゆず風呂に使ってもらおうという企画です。
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    オマーゴも帰って来てくれるかな・・・(*´ω`)



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     私は駐車場から道路を横切り、病院の玄関へと続く階段で父を振り返った。
     父は妹のマユミに腕組みをされてやっと歩いているという風だった。

     その傍らで母が心配そうな顔で父を見守っている。
     マユミの手は父の手をしっかりと握ってはまたさすることを繰り返していた。

     私たち家族四人がそろったのは何年ぶりだろう。
     15年ほど前に祖母が亡くなった時以来かもしれない。

     ただ、その時は親族一同が集まっていたので
     このように家族四人だけがそろって歩いたというのは私には物心ついてからは記憶にない。
     ひょっとしたらマユミがまだ保育所に通っている頃にあったぐらいではないだろうか。

     初詣の村の神社で
     小学低学年の私が先頭を切って石段を跳ね上る。
     
     振り返ると、父に手を繋がれた小さなマユミが自分の足でようやく階段を踏み上がり
     その横で母が相好を崩しているというシーン‥‥‥。

     私はいつしか家族四人の尊い記憶をたどっていた。

     それから半世紀もの歳月は矢のように流れる。

     私たち四人は診察室に入り父の病状について医師から説明を受けた。
     
     端的に言えば打つ手なし、である。
     もう父の体は水さえも口から取ることを受け付けないのだ。

     看護師に付き添われて車いすで入院病棟に上がろうとする父に母はか細く声をかけた。

    「あんた頑張りよ」
     父はうつろな目でコックリ頷くとエレベーターの中に消えた。
     マユミは今度はうなだれる母の小脇を抱えて私の後ろをとぼとぼと歩いた。

     私たち家族の願いは一つ。
     父に奇跡が起こってくれること。

     今はただ……
     それしか残されていないのである。

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