たまーに行く貴志川下流のM釣具屋に久しぶりに寄ってみた。
「どうですか鮎は?」
訊くと、店長の顔が曇る。
「もう来年から鮎の製品扱うのやめようかなと思うてます」
「マ、マジっすかっ!」
「ええ、さっぱり売れませんしね」
店長の話では、年々鮎の製品を買う人が減ってきて歯止めがかからないとのことだ。
鮎釣り人口は確実に減っている、と店長は口をとがらせる。
「まぁうちはネット販売もようせんしね」
それも原因の一つに考えているようだ。
鮎釣り人口の減少は、鮎が釣れないことと、新規参入が得られないことが主な原因のようだ。
つまり、年寄りばかりになって若いもんが鮎釣りをやらない。
確かに、鮎釣りは金がかかる。
バブルがボチンッとはじけてから日本経済は低迷したままだ。
ガバチャも子育ての真っ最中に鮎釣りを始めた。
世はバブル全盛で酩酊したかのように浮かれていた。
がしかし、ガバチャには全く関係ないことで金がなかった。
みすぼらしい釣りが続いた。
鮎釣りの時期が近づくと、お金のことで家内とよくケンカをした。
仕掛けはナイロン糸を年越しで何年も使っていたし、ハリもなかなか交換せずヤスリで研いだりもしていた。
最初の頃はベストなんかも着てなかったし、下はジャージでタビは地下足袋みたいなチョー安いものだった。
ヒ キブネというものが欲しくて欲しくてたまらず、こっそり給料袋からお金を抜いて買ってきたら、家内にバレてその晩釣具屋に返品に行かされたこともあった。
釣具屋に返しに行った時には、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
その頃の自分のひと月の小遣いではヒキブネは買えなかったのである。
そしてなんとなんと、ガソリン代の節減で、片道50キロもの道のりを原付スクーターで釣り場まで通っていた。
コケて安竿を折ったこともあったし、雷で逃げ惑ってそこいらの民家に避難させてもらったこともあった。
おとり屋さんでは「原付で和歌山市内から釣りに来る(へたくそな)にいちゃん」としてちょっくら有名になっていた。
きっと(へたくそな)は、本 人のいないところではついていたに違いない。
まぁこれは家に車が一台しかなかったということもある。
車は家内優先の所有物だった。
たまに車で鮎釣りに行けるのは、幼い長男と次男を載せて水浴びを兼ねての時だけだ。
子連れではまともな鮎釣りにはならない。
勝手に遊んどけといっても、子供は喜ぶが川に流されたりしたら大変だ。
おとり鮎を買って河原につけておいたら、仕掛けをセットしている間に子供がオトリ缶のふたを開け鮎をつつきまわして逃がしてしまったこともあった。
ちょっと目を離していたらワーンて泣くので振り返ったら、次男が海パンを脱いで中腰のままウンチをしていたこともあった。
このときなぜ泣いたかというと、便秘でウンチが硬く途中まで出て止まってしまってい たからである。
慌てて駆け寄り、つかんで引っこ抜いた。
次男がホォーッというため息とともに泣き止む。
が、ひきかえに周りにいた人たちの冷笑な視線の集中砲火を浴びた。
とっさにそれを握ったまま疾走し「税金納めさせていただきます」と茂みに振り込んだのを覚えている。
2台目の軽四を買うまでは、そんな修羅場ありの釣行が続いた。
釣果はいつも10匹にはとどかず、たまに15匹ぐらい釣ったら天狗になって帰宅した。
が、家内は川魚を一切食べない性分で、鮎を多く持って帰るほど鼻をつまむ時間が長くなるだけだった。
やがて子供も大きくなり、家内からも放し飼い状態を得、軽四でのパラダイス釣行が始まったのが40才ぐらい 。
だから、じっくり鮎釣りに取り組めたのは、そこから今までの15年程度ということになる。
もっと若い20才ぐらいから鮎釣りを始めていればよかったと思うこともある。
が、そうしていたら自分の人生は大きく変わっていただろう。いや、狂っていただろうが正しい表現かもしれない。
たぶん、結婚もしてなかったんじゃないかな。
そのくらい鮎釣りには魅力を感じている。
だのに、その鮎釣りが今つぶれかかっている、と店長は嘆いている。
「鮎も変わったしね」
そう、群れ過ぎて釣れるところと釣れないところが極端すぎる。釣果が釣技にあまり関係なくなった。
「ま、パチンコと一緒やね」
店長は苦笑った。
「またこのと ころの天候も変でしょう」
確かに、ガバチャもここ数年の変な天気には辟易している。
去年は、梅雨明けからの雨量の方が多かった。
鮎のシーズンは限られている。
平水でのまともな河川状態で釣れる日が、ここ数年減少してきていると思っているのは単なる思い違いだろうか。
店長は続ける。
「実は地元の人がここ数年でかなり鮎釣りをやめたのですよ」
「えっ、地元の人はいつでもいけるからやめないのかと思ったのに」
「いえ、釣れる川に車であちこち遠征できる者はまだましです。それは地元人ではなく都会
人です。地元の年寄りはよその川に行きません。車に乗る年寄りでも、よほど好きでない
と一山越 えてよその地域の川に鮎釣りに行ったりはしま せん。だから、地元の川が釣
れなくなったら終わりです。毎年すぐに年券を買いません。しばらく様子見して今年は鮎
が釣れとるな、となったら買う。でも、買ったとたんに大水が出たりしてそれっきり鮎が
釣れなくなると、年券代を捨てたようになる。そんなことをここ数年繰り返して、とうとう
鮎釣りをやめてしまったという人がうちのお客さんでもかなりいます」
「なるほど・・・・・・いったいどうなるんでしょうかね」
「年々ひどいでしょう。この鮎の友釣りという釣りはやがて終わってしまいますよ。漁協
だって結局年券で放流魚をまかなっているんだから。だから有田川や日高川の早期
解禁は賛否あってもなかなかやめられない。ま、泥沼状態ですわ。ハハ」
返答に窮した。
果たして、この鮎釣りデフレスパイラルを食い止める術(すべ)はあるのでしょうか。
これからの余生、哀れ去勢オス軍団の一員として、鮎釣りでなんとかまともな人間性を保ち、楽しく愉快に暮らしていこうと思っていたのに・・・。
なにか自分にできることってあるのかな。
「ま、鮎釣りが復活するように神様にお祈りするしかありませんな」
店長は優しく口を結んだ。
あは、庶民にはやっぱそれしかないか!
と、店長と二人で鮎釣り復興を祈願し合掌しました。
あとは、この合掌の効きめにかけるしか・・・ないかもな~

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