物部川で撃沈を食らった翌日は
朝からムカつくピーカン晴れでした。
なんで、昨日だけ寒い雨なんや(-_-)
と、ホテルの近くへ朝食に。
はりまや橋の近くにあるその名も「はりまや橋食堂」です。

とにかく安い! これで490円。
コーヒーとトーストにみそ汁と大根おろしが一緒になったモーニングを食べたのは初めてです( ;∀;)
それからボチボチ高速で徳島港の南海フェリーを目指しました。
大型バイクの集団に囲まれてちょっとおっかなかったけど
サービスエリアで止まってヘルメットを脱ぎ始めたら皆さんガバチャよりかなり年上の先輩方でした。
南国二輪車愛好会とのこと。
このバイクは500万円でオーナーは80歳を超えているらしく
バイクの後ろに杖をのせているとのこってした。
ホントは手押し車を載せたいやけどってサ~( ゚Д゚)
これで鮎釣りの格好してまたがって、鮎竿とオトリ缶とか下げて河原に乗り付けたら目立つやろな。
でもってボウズでも食らったら帰りがめっちゃ恥ずかしいやろな~( *´艸`)

お昼は小松島市にある老舗の蕎麦屋「タマヨシ」で生蕎麦を食べました。
二日酔いの胃にはすこぶる優しい昼食です。
ここは、ガバチャが30才の時に家族4人で転勤してきてよく来た店です。
二人の息子は小学一年と幼稚園でした。
そばの席で小さな子供が歓声をあげています。
そう言えば、自分ら家族もいつもお子様ランチを頼んでやって、それが新幹線かなにかの乗り物の器に盛りつけられて出てくると息子たちも歓声を上げていたっけな。
てもう30年以上も前の事ですネ。
フェリーまでに時間があったので当時住んでいた徳島の津田に行ってみました。
木造の平屋建て宿舎は壊されて跡形もありません。
ここに家族四人が移り住んだのは平成元年です。
神戸から転勤してきた私は、庭の草を引いて子供たちの遊び場を整えたり、すぐ前の海でガシラを釣っては家内にから揚げにさせてビールを飲んだりと楽しく暮らしていました。
仕事は、徳島港の防波堤の設計図面を自分で書いて業者に請け負わさせ監督するというもので、ちょうど転勤して出ていく時に工事が完成して近くの岸壁でお祝いの花火大会が行われました。
それを宿舎の窓から見ながらビールをチビチビやったのが最後の記憶です。
フェンスの残骸やその頃から生えていた松の木などを眺めながら
当時の事を次々と思い浮かべては立ち尽くしました。
あれ? ふと、見覚えのある花が・・・。
ある朝ひょっこり事務員さんが持ってきて、花壇に植えていたいたような光景が一瞬フラッシュバックしてすぐに消えました。
「小さいけど綺麗な花やな」って言ったのは自分だったような他の人だったような・・・。
30年の歳月はあまりにもいろいろなことがあり過ぎましたネ。
アユ釣りを始めたのもこの津田の宿舎に住んでいる時でした。
フェリーに揺られながらもあれこれと回想は続き、和歌山港に着いて空を見上げたとたんに
クソーッなんで帰る日がこんなにいい天気なんや
何で昨日だけあんなに寒くて雨で釣れんかったんや
と、またいつも通りに昨日の貧果をうらやむ自分を取り戻したことに気づき
ひとりクスクスと笑ってしまいましたワ(*´ω`)
さて、タンポポの綿毛になって次はどこに飛んでいこうかな・・・。
意外に安く買えるんやな(*´ω`)











