昭和49年当時
私たちの中学校の窓ガラスって細い木枠に板ガラスが挟まれたものだった。
ある日校内の一斉清掃があり、私は一年生の教室の下で友人らと馬鹿話をしながら草をひいていた。
一年生の教室は二階にある。
その二階では下級生たちが窓ガラスを拭いたりしていた。
突如、アッと言う複数の声が頭上で響いた後私は背中に無数のハリで刺されたような衝撃と痛みを感じてそのままずくまった。
周りの生徒が集まってくる足音が聞こえる。
女子のキャーッという悲鳴も聞こえた。
私は自分に何が起こったのかその時はわからなかった。
誰か早くK先生を呼んで来い!
担任の教師の声が響く。
後でわかったことなのだが、下級生が拭いていた二階の窓ガラスがハズレて落下し私の背中に落ちたらしい。
運よくガラスは私の背中に水平に落ちた。
がもしこれが垂直になって首にでも当たっていたらと考えるとゾッとする。
K先生は駆け付けた時は事態を見てパニックだったそうだが、私にたいした怪我がないことを確認すると安堵し陽気を取り戻した。
私は保健室に運ばれK先生から背中に赤チンを塗られた。
K先生は赤チンを塗りながら、良かった良かったと喜んでいるのか泣いているのかわからないような声を上げていた。
これが私とK先生の出会いである。
K先生は短大を出て着任したばかりで私は顔を合わせるのが初めてだった。
私は15才でK先生は21才だった。
一時間ほど保健室で寝かされてK先生といろんな話をしたが、話の内容は覚えていない。
それから教室に戻ったらみんなに囲まれて、大丈夫か? お前死ぬとこやったな、などとさんざん言われながら私は友人からシャツをめくられて皆に背中を見せた。
そしたら一斉に笑いが起こる。
私には何で皆からそんなに笑われるのか意味が分からない。
おぃなんで笑うんや?
と横の友人に聞いたら
「おまえ、K先生とデキたやろ」
って。
するとまたクラス中がドッと沸いた。
私の背中には一面赤チンが塗られていたのだが
それが大きなハートマークになっていたのだ。
それから私はK先生を好きになった。
K先生は少し背は低いが端正な顔立ちでグラマーだった。
でももちろん私の方が一方的に憧れていただけで何事もなく別れはすぐに来た。
私は卒業をして町の学校へと進みK先生は他所の学校に転勤してしまった。
それから五年が経って安芸市内でK先生にばったり出会った。
私の方はK先生だと一目見てわかったのだが
K先生の方は中学校の時の坊主頭ではなくちょっと大人になった私を見て
「えっ? あなたFくんなの?」
と大きな瞳をパチクリさせた。
それから喫茶店で久しぶりに話をした。
先生は結婚をしていなかった。
当時は結婚は20代前半にするのが普通だったので、なんで先生みたいな綺麗な人が結婚しないのか不思議に思い尋ねてみた。
先生は口元を緩めると
「わかんないの。F君のことをずっと待っているのよ」
と、言って吹き出した。
ところが私は本気に受け止めてしまい
「先生、ボクこの3月に就職で和歌山に行くことになったんです」
そう打ち明けると先生の笑いが止まった。
「えっ、和歌山に行くの・・・高知から遠いわね」
事情を話すと
「まぁ、良いところに就職が決まって良かったじゃないの。おめでとう・・・」
一寸だけ会話に空白ができた後に先生はポツリと口を開いた。
「あたしも和歌山に行こうかな~、飛梅みたいに」
「トビウメ?」
「そぅ飛梅よ。一夜で都から太宰府に飛んだ。習わなかった?」
「そんなん習ったっけ?」
「じゃあF君さぁ、さだまさしの飛梅って曲を聴いてみなさい。先生の気持ちがわかるから」
そう言いながら先生は細めた目を遠くにやり、なぜか唇を少し噛んだように思えた。
私は和歌山に行ってからK先生を秘かに待った。
でも先生からの連絡は何もなかった。
毎日さだまさしの飛梅を聴いてはその詩を理解しようとした。
もしかしたらK先生は私と最後に会った日に、実は他に好きな人がいてその人との恋がうまく実らないことになっていたのではないだろうか。
K先生とはそれっきりである。
