なんの店だったか、ある飲食店に入ったら若いウェイトレスが笑顔満面で
「ハイ喜んで!」
を連発する。
「あのぉ注文を」
「ハイ喜んで!」
「あのぉお水を」
「ハイ喜んで!」
とやたら快活だ。
ガバチャはトイレをこらえていたので
「あのぉトイレは?」
と訊いたら
「ハイ喜んで!」ときた。
おいおいいったい何してくれるねん(笑)
と本人を見返したら、口に手を当て紅潮していた。
よく行く近所の吉野家は
「はい並いっちょう~」
と誰かが言うと
「はい並いっちょう~」
と店員全員で合唱する。
「はい駐車場に車一台入りましたぁ~」
「はいお持ち帰りひとつ入りま~す」
などとやたら呼び かけ合いの威勢がいい。
食べ終わってお勘定の時に「レシート下さい」と言った。
ら、「はいっレェシート一枚出ま~す」
「はいっレェッシート一枚出ま~す」
と鼓膜を震わす大合唱だ。
たった300円弱のブタ丼なのにヨ。
手のひらに隠れるような小さなレシートでそこまで吠えまくられてもな~
とチト恥ずかしく思った。
どれもこれもマニュアル通りなのだろう。
他人のことは言えない。
ガバチャの職場もマニュアルで動いている。
マニュアル本を開きみんなで応用の利かない前例主義に陥っているのだ。
たった一冊の本が職場を統制し、考え広げるとその積み重ねが社会全体をつくり上げているとも言える。
このマ ニュアルをよく覚え、忠実であるものほど優秀だと勘違いしている輩もいる。
どこか滑稽な気もするのだが、覚えなければ仕事にならないのも事実だ。
大切なのは柔軟なる見直しと応用だろう。
その感性をいかに磨くか。
ガバチャの場合、職場では磨けない。
そう、鮎釣りでなら磨ける。
鮎釣りにもDVDや雑誌など基本的なマニュアルはある。
だが、いったん釣り始めてしまうとマニュアル遵守は吹き飛んでしまう。
このような場所ではこのように釣る、をいくつか覚えていても、自然環境は画一ではない。
マニュアルに書いてなかったことは次々と起こる。
自然相手に理屈通りの歯車がちゃんとかみ合うわけがない。
釣れな ければあの手この手を駆使し、これまでの経験を脳みその片っ端から探しまくる。
千差万別刻々と変化するシチュエーションに、適宜ベストマッチする方法を模索し続けなければならない。
腕達者な鮎釣り師とは、そのあたりの適応方法が左脳にたんと蓄積され、当意即妙右脳がうまく音頭を取ってくれているのだろう。
糸はどうか針はどうか、引くか泳がせるか等。
鮎釣りは、川下り型の思考だと思う。
次々と目の前に繰り出される難所を、自分のオールで臨機に回避し進まなければならない。
逆に職場は山登り型。
みんなで目的たる山頂にどう登るかをじっくり計画し、チームワークを組まなければならない。
柔軟な発想をぶつけ合っていてはいつまで 経っても山に登れない。
鮎釣り大会ではプランニングをした山登り型もあるかもしれない。
が、その効果はいかほどのものであろうか。
ガバチャの場合は、結局現場で四苦八苦順応的となる場合ばかりだ。
隣の釣り人が前の深場に進んで釣ると、自分も前に出る。
すると隣の釣り人はもっと前に出ようとする。
最初は膝ぐらいしか浸かってなかったのに、互いの意地がぶつかり合い、だんだん前に出て、気づいたらお互い胸まで浸かっていたりする。
そしてついに悲鳴を上げて流されたり、流されなくとも対岸の木に穂先を絡めたりして、も~っとか焦って竿を引っ張る。
テグス糸につながったオトリ鮎は木の上に吊り上がって行く。
くそーっ と引っ張ると、よけい上がっていってついに雑木の上で宙ぶらりんになる。
隣の釣り人が見て見ぬふりをしながら苦笑している。
水遊びの家族連れらにも指をさされ笑われ、寄ってきたカラスにもカァカァと笑われ、野良犬にもワンワン笑われる。
赤面してスタコラ退散だ。
このような事態への対処マニュアルはない。
だから鮎釣りは楽しいとも言える。
見直しと応用の感性は自然とじゃんじゃん磨かれる。
そうだ! いいことを思いついた。
あの「ハイ喜んで!」の若いウエイトレスに
「今度ガバチャと一緒に鮎釣りに行きませんか」
と誘ってみよう。
マニュアル通りなら
「ハイ喜んで!」
とソッコウ笑顔が返ってくるはずなのだ・・・・・・が


