数えてみたら17年も前のことである。徳島から転勤してきた僕が、職場の先輩に連れられて貴志川に鮎釣りに行ったのは・・・・・・。
神社の手前のおとり屋さん。その前後が良く釣れるので足繁く通った。まだ初心者の域を出ない、ボクの鮎釣り黎明期にあたる。網入れが終わった九月、そのおとり屋さんに行ったら有田川を紹介された。
その頃の貴志川は網入れがお祭りのように賑やかで、いろいろな方法で鮎を取り尽くしていたからだと思う。おじさんに紹介された有田川に行って、結局ボクは貴志川から離れてしまった。数年に一度ポツリと貴志川に行っては、おじさんに挨拶がてら竿を出す程度となった。
一昨年の5月の連休、まだ貴志川が解禁前の頃におじさんに会いに行った。
いろいろな話を聞かされた。鮎やウナギがたくさん捕れた昔の貴志川の話。自分の若い頃の話。病気の話等々。ボクとおじさんの周囲を回った風が、対岸の山に届いて真っ青な新緑の若葉を揺らす。
それは、競り立った壁のような山が堂々と5月の風を受け止めているようでもあった。
「ワシは、花よりこの時期の葉っぱが好きじゃ。今度は葉っぱでええな」
山を遠望しながらおじさんは目を細めた。
「山は変わらん。でも、川は変わった」
今度は一転寂しそうな表情で背中を向けた。
玄関先で行儀良く座る猫がニャーと鳴く。
「野良じゃけど居着いてくれて、ええ相手になっちょるわ」
はは、とおじさんは声を上げて猫の首を愛でた。
去年は貴志川に比較的よく通い、おじさんとの鮎談義に花を咲かせた。
昨日の貴志川の解禁日、おじさんの家にと車を急がせたらオトリ屋の看板がなくなっていた。
仕方がないので少し上手のオトリ屋さんに行った。
そのオトリ屋のおばさんから、おじさんがこの5月に亡くなったことを告げられた。
ボクは、えっと声を上げたまま言葉を失った。おじさんとのこれまでが去来する。やがて目の前に5月の青々とした新緑が舞い去った。
「葉っぱ」に・・・・・・。
ボクは急いでおとり鮎を友缶に詰めると、ある場所に車を走らせた。
それは17年前に、僕が入れ掛かりをしておじさんから拍手喝采を浴びた場所に違いなかった。
幸い誰もいない。
僕は急いで川に降りると、手早く竿を伸ばしおとり鮎を送り込んだ。
鼻カンに繋がれたおとり鮎がぎこちなく岩盤を這った瞬間、ガツンッ! バリバリと目印が吹っ飛んだ。竿がしなる。腰をためてじっとこらえる。よどみに止めて引き抜いたら20センチの美鮎が腹を返した。
「イイの掛けましたよ」
僕は周囲の山に目をやり、また翡翠色の深みにおとり鮎をそっと送り込んだ。
心より ご冥福をお祈りいたします。
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