勇一は、鉄筋籠をしっかり見届けると腰を落として忙しく舵をきった。
 隆栄丸が舳先を東側の地の島に向け速力を上げる。



 地の島は沖の島と向かい合う側はほとんどが岩場だ。海鳥が同じ方を向いて風に耐えている。隆栄丸が近づくと、海鳥たちは強風に煽られて紙くずのように散っていった。
 岩場には朽ち果てた松の残骸が枝を広げ、夥しい流木の山が積もっている。



「あ、あそこに!」
 浩也が大声で指す。
 こちらにも同様の鉄筋でできた籠があった。勇一が隆栄丸のエンジン音を上げる。



 古文書によると、沖の島と地の島のかがり火が出会った所が一つの見通し線となる。
 その見通し線を沿って南に進み、和歌山城の真上に満月が差し掛かったところに財宝は眠っている。



 今は日中で下見。満月もなく正確な山立ては出来ないのに、浩也らは妙な緊張感に包まれていた。



 隆栄丸が東進する。
 徐々に、沖の島と地の島が接近してきた。浩也は沖の島の鉄筋籠と地の島の鉄筋籠を交互に見ながら縦に並ぶ地点を待った。



 中瀬戸からの強い下げ潮で船が揺れまくる。まるで大河を横切っているようだ。
 三人は示し合わせもしていないのにお互いの役割がわかっていた。船の艫からじっくり友が島を眺めることの出来る浩也が、鉄筋の籠と籠が縦に並ぶところを知らせなければならない。



 勇一が、鵜の目鷹の目で岩礁を避けながら舵をきる。その間にしゃがむ伝達役のリエが、浩也と勇一を忙しく交互に見る。



「もう少しです、もう少し」
 浩也がリエに向かって繰り返す。



「で、出会いましたぁ!」
 二つの籠が縦に並んだと同時に船縁にしがみついた浩也が叫ぶ。すかさず立ち上がったリエが勇一に駆け寄って耳元で反復する。



 勇一が慌てて舵をきった。隆栄丸は大きく左に傾き舳先を南に振った。隆栄丸が速度を上げる。



 揺られながら、浩也は遙か太平洋へと続く紀伊水道を遠望した。
 光の粒をはじく海面を眺めるうち、妙にすがすがしい気持ちになってきた。海は何もかもをいやしてくれる目に見えない粒子を発しているのかもしれない。



 母も隆三に船に乗せてもらって何度となくこの気持ちを味わったのだろう。
 父が亡くなってからずっとふさぎ込みがちだった母。



 今から思うと、母が貴志隆三という男と出会ってから明るく生き生きしていたのは、この茫洋たる青海原を眺めたからなのかもしれない。



 勇一は、直ぐに山立ての要領を得た。しきりに振り返りながら鉄筋籠が縦に並ぶ見通し線上を器用に南進する。



 加太の半島を過ぎたところで、住友金属の溶鉱炉が見えた。



 その遙か向こうに和歌山城が微かに見えたが、まだ山立てが出来る大きさではない。



 リエが船上に地図を広げた。



 かがり火の見通し線は埋め立てる以前の海岸線とほぼ並行だ。船が住友金属の魚釣り公園に差し掛かる。ここまで来ると、和歌山城がはっきり見えだした。隆栄丸はエンジン音を落とした。



「この辺りから雑賀崎までやしょ」
 そう言って、勇一は和歌山城の方をじっと見据えた。
 浩也は手摺りを伝って、勇一の立つ躁船室の方に移動した。



「ここらは深いんですか?」
「航路で深いんやしょ。掘ってないとこは埋まって浅いけどよぉ」
 勇一はやたら詳しい。隆三から教わったのだろうか。



「ワイはな、学校は中学しか出てへんけど港湾のことはくわしいんや。親父について潜りやっとったからな」
「潜りって?」
「潜水士のことや。親父は潜ってこんな大きな石を平らに敷いたりしてたんや。ワイは親父に替わって二年前からやけどな」
 勇一は両手を広げ豪快に笑った。



 てっきり漁師だと思っていたのに、と意外な顔をする浩也に勇一は話を続けた。



 加太から雑賀崎までの間は紀ノ川の扇状地で、港湾開発によって大型船のための航路を掘っている。底は巨大な溝のように深い。それ以外の海底は、河川からの土砂が海に堆積して表面は浮泥だ。細かく軟らかな土で歩くこともままならない。



 勇一は、真っ暗な海底で何度も腰まで埋もれ、空気調節でなんとか脱出したが生きた心地がしなかったと言う。



 更に海底には夥しいゴミが堆積しているとのことだ。
 河川は出水時に、土砂だけでなく大量のゴミも排出する。浮泥に埋もれた自転車に足を取られたり、ワイヤーロープに絡まったりと潜水士は命がけだ。



「まあ二百年以上も前やったらどんだけ埋まってるかわからんわしょ」
 勇一はまた舵を握った。



 防波堤に沿って少し南進すると、南海電車の和歌山港駅に隠れ和歌山城は見えなくなった。南海電車は土手の上にある。むろん江戸時代には南海電車はないが、そこには松原が広がっていてやはり見えなかったはずだ。



 和歌山城が確認できたのは、住友金属の埋立地の西端から本港地区防波堤の北端付近までだった。



 和歌山城が見えなくなると、隆栄丸は雑賀崎の沖でUターンした。



 リエが頭を下げて合掌するのを見て浩也も合掌した。船は一定の音量を上げながら、西脇漁港に向け一直線に進んだ。



「けっこう船に強いんやね」
 リエが艫に座る浩也に近寄って声をかけた。



「一応酔い止めを飲んできました。でも、ちょっと酔ってますけど」
「実は私弱いのよ」
 リエははにかんだ。



「なんか全然平気そうですけど」
「皮肉なもんやわ。何で酔わへんのやろ」
 リエはため息をついた。



 浩也は座ったままリエを見上げた。リエの短い髪がパサパサと風になびく。近くで見ても、隆三に似たところはどこにも見あたらない。
 きっと母親にそっくりなのだろう。



「ほんまはお父ちゃんは私を送気員として船に乗せ、勇一に潜らせて三人で潜水士船をやりたかったんやけど、私が船に弱いばっかりに何もかもが狂うてしもうたんや。それが何で今頃酔わへんようになったんやろ」
 リエは唇の端を噛むと、水平線の方に視線を移した。
 浩也は黙って耳を傾けた。



「お父ちゃんは仕事はようしたけど毎日酒ばっかり飲んで、リエが船に弱いんはお前のせいや言うてお母ちゃんをいっつも責めたんや。小学六年の頃、私はお母ちゃんのために船酔いに強うなろう思うて友達と遊ぶのもやめて何度もお父ちゃんの船に乗った。それでも私はいつも酔って吐いてぐったりなって、帰ったらいつもお母ちゃんが介抱してくれた。私は洋服のデザイナーになるのが夢やったんや。お母ちゃんはそんな私の気持ちをようわかってくれてて、ついに耐えきれんようになって私だけを連れて家を出たんや。勇一はお父ちゃんがどうしても離さんいうて一緒に連れて行かさんかった。今はあんなに厳つい勇一が、お母ちゃんについていきたい言うて泣き続けたわ」
 リエは舵を握る勇一を虚ろな目で見た。



「じゃあ今は」



「お父ちゃんがこんな事になって、おばあちゃんがちゃんとした生活もできへんようになってるから、私がお母ちゃんの家とこちらの家を行ったり来たりしているんや。ほんまにどうしようもないお父ちゃんやった。最後は宝探しやなんて」
 リエは堪えきれなくなったのか、細めた目を潤ませた。




ガバチャのひとり言

 海に出ると何故か心が癒される。
 母の胎内を満たしている羊水や人間の血液が成分的に似ているという話の通り、ボクらの祖先は海にいたのだろう。

 ひとつ海に訊いてみたい。

 もともとアメーバみたいなのが、ちゃっかり進化して陸に上がって二本足で立ってついには酒を飲みカラオケを歌うようになってアメブロをするなどということを予想していたのかと。
 四十億年後、こんな記事を書いているガバチャというハンドルネームの人間の心を癒すなどと言うことを海の揺らぎは知っていたのかと。
 ・・・ウィッ!! 飲み過ぎたので寝ましゅべーっだ!

837c732b.jpg



ポチッとヨロシクダウン
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村


超燃える鮎友釣り もヨロシクグッド!

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック