ボクが就職して社会に出た夏、職場のKさんが河原でレクを開いた。
 場所は紀ノ川の船戸橋の下。Kさんはその時既に60歳近かった。

 河原に大きな竹カゴが逆さに置かれていて、それを取ると鮎の塩焼きがずらりと並んでいた。横の大鍋には何十匹ものズガニが真っ赤にゆでられている。家族連れらで30名程いただろうか、鮎もカニもこんなに旨いものかと舌鼓を打った。

 酔ったKさん、ボクを指名しタテ網の片方を持たせて紀ノ川に入っていく。タテ網を仕掛けると直ぐに鮎が掛かった。
 Kさん、とれたばかりの鮎の内臓を取って梅干しをつぶした梅肉を鮎の腹に詰め込んだ。

「これが紀ノ川の通の食べ方やして。そのままかじれっ」と言う。
 ボクが躊躇するとKさんがにらむ。ボクは仕方なくかぶりついた。
 正直まずくてどうしようかと顔をしかめたが、皆が拍手するので我慢して最後まで食べた。

「ん、お前は若いけど素質がある」とKさん上機嫌。
 今度は一緒にとれたナマズの蒲焼きを喰えという。これは旨かった! ウナギの蒲焼きと味は一緒だった。

 それから十数年経って、ボクはKさんと鮎釣り師になって再会した。
 目を細めるKさん。ボクは年老いたKさんに毎年釣った鮎を持って行った。
 Kさんはボクに釣りベストを買ってくれた。これを着て船戸橋の下で釣れと言われたが、釣友と有田川に通い詰めてつい行きそびれてしまった。

 有る年の晩秋、久しぶりにKさんに鮎を持って行ったら寝たきりになっていた。
 ボクがそばに寄ると目を向けて何か言うが、何を言っているのか分からない。Kさんは直ぐにまた寝たような感じになった。

 意識が戻ってあんたのことわかったみたいやして、と奥さんが声を詰まらせる。
 Kさんはその一週間後に帰らぬ人となった

 鮎ももう掛からなくなった肌寒い日。Kさんからもらったベストを着て船戸橋の下で竿を出す釣りバカを、橋上から何人かが笑いながら眺めていた。

 約束は守るから約束で、守れなければ約束とはいえない。
 ボクはせめて一匹でもと鮎竿を繰った。





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