とあるブログ村での投稿記事をきっかけに
さて
私の誤算はいつから始まったのか
と
考えてみた。
小中と成績は中の上で、女の子にもそこそこモテた。
学生になり少し悪い遊びも覚えたが
何とか卒業のめどがたち就職も決まった。
私には付き合っていた女性がいた。
が
ある日突然別れを告げられる。
その原因は自分の一番親しい友人を好きになったということだった。
私のショックは大きかった。
青春真っただ中。
私は夜も眠れず原因を考えた。
どう考えても、友人が俺よりかっこよくはなかった。
また頭もよくなかった。
原因の本質はどこにある?
長考したあげくたどり着いた答えが、これだ。
その一番親しい友人は
トヨタのセリカリフトバックに乗っていた。
私は中古のダイハツのフェローマックスだった。
免許取り立てはボロイ車に乗って
運転が上達したらイイ車に乗り換えよう。
この堅実な判断が
私の人生を左右したであろう最愛の女性との別れ、
と言う誤算を生んだのである。
ま
でもよくよく考えてみると
私が生まれたこと自体
この世にとっては・・
つーか
また毎年釣りあげられる鮎にとっては
誤算だったのかもしれないが・・・。
誤算礼賛!
誤算をネガティブなイメージでとらえるのもどうかと思う。
誤算があるから人は成長できるのではないか。
また、誤算のおかげで実は幸せな方向へと導かれているかもしれないのだ。
私は前述した話の時に
セリカリフトバックに乗っていたらおそらくその女性と結婚をしていただろう。
だが、何十年もたってその女性と同窓会で会った時
「やっぱ結婚しなくてよかったなぁ」
と心の中でつぶやいたのだ。
人生に必然はない、と思え。
偶然の中でいかに自らの気持ちを明日に向かってつなげていくことができるかだ。
ヤフーニュースを見てみるがいい。
世の中全体誤算だらけではないか。
ソフトバンクの電話は止まるわ、М1グランプリは荒れるわ。
日産はまたしても不正検査が発覚するわ・・・。
だいたい今年の流行語大賞になぜ
「ドカンピュ!」
がノミネートもされていないのだ。
とぼやきながらも
やつを鮎釣りカテゴリーに招いたのは
実に私は
嬉しい誤算
だったと思っている。
どうだ、私のこの
寛大なるご慈悲マックスなエンディングは!
きっと
全くのやつの誤算だったろうにちがいない(*´ω`*)


