マーゴと遊んでいたら
私の親父が緊急入院との知らせ。
私の親父が緊急入院との知らせ。
急遽、マーゴを新大阪まで送り届けてその足で瀬戸大橋を通って高知の馬路村に直行。
馬路村の実家に帰ったら、母が一人淋しそうに出迎えてくれました。
と、窓外で突然大きな音。
村のささやかな花火大会とのことです。
外に出て母と二人黙って花火を観ました。
父の容体はかなり危ない状態でしたが
何とか一山は乗り越えました。
父が搬送されるの救急車の後を追いながら
自分がこの先いつ仕事を辞めて故郷に帰るのかは
何かが起こった時に考えよう
と、いつものんきに先送りにしてきた事案が
突然目の前に突き付けられた一週間でした。
父が麻酔から目を覚ました翌日
私は安田川で竿を出しました。
戻ってくる父に大きな鮎を食べさせるためです。
場所は馬路温泉の下。
私が幼い頃に川で遊んだ記憶の一番最初にある
滑り台岩の前です。
オトリ鮎を入れるなり目印がぶっ飛びました。
仕掛けはメタキング003、セツナ三本イカリ7号です。
今年の安田川は数は伸びませんが型はイイのが掛かります。
どかんぴゅの連発で中ハリス1.0が飛ばされました。
25cmが最長でした。
数は30匹に届かず。
暫く一人が続く母にスマホを買ってあげました。
とりあえず電話の受信とラインの受信だけ教え親族の間で練習開始です。
母はラインで送られてきたひ孫らの動画を何度も再生して喜んでいました(*´ω`)
これから先どうなるのだろうか?
などと他人事のように自分の事や家族の事を考えながら帰路につきました。
和歌山に戻ればまた日常に忙殺されるでしょう。
今週は関東に研修で数日出張しなければなりません。
私が馬路を離れる朝
ひ孫に会えなくて残念がっていた母が
帰郷する予定だったひ孫に買ってあげていたビスケットを
私に宅急便で送ってくれないかと手渡します。
今時ハイカラなお菓子がいっぱいあるのに
なんでこんな純粋なビスケットを、と私は苦笑い(;´∀`)
「あんたらあも子供の頃はビスケットが好きで喜びよったきにねえ」
と、いつもながら昭和の時代で時間の止まった母は
めっきり年老いたしわくちゃの顔で私を見上げるのでした(*´ω`)









