10月23日の土曜日。
 日高川の上田原でひとりぽつんと座って竿を出しいるおじさんに出会った。

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 その雰囲気が何とも穏やかでつい声を掛けた。


 


 鮎釣りは人間性を育ててくれる。
 そのひとつは自分の思い通りにはならないと言うことだろう。
 
 鮎釣りは自然相手で、規則正しく物事が動く都市生活とは違う。
 それは不確実だらけで予測が立たない。
 
 その日の釣果は終わってみないとわからないし、自分の釣技を過信していたらエライ目にあう。
 数十年のキャリアが一、二年の初心者に負かされてしまうなどまれではない。
 
 詰まるところ水中の鮎の行動は目に見えない世界であり人知の及ぶ範囲には限界があるのだ。

 鮎釣りに王道なし。

 鮎釣り師は、その日の釣果に一喜一憂を繰り返しながらやがて謙虚になっていくのである。

 二つめは終わりを悟ると言うことだろう。
 終わりたくないことでも何事にも終わりはある。

 鮎の命は一年限りだ。
 どんなに釣りたいと思っても必ず終わりが来る。

 晩秋、鮎は鉄色にさびてぼろぼろになる。
 それは子孫を残すための宿命的必然だ。

 盛夏、大声を張り上げて威勢良く河原を駆け回っていた鮎釣り師の誰もがその鮎の姿を目にすると黄昏れてしまう。

 物静かに竿をたたみすっかり冷たくなった水で道具を洗っていると家内に声を掛けられたりする。

「あんたとうとう終わったの」
「ん、まあそんな感じかな」
「ふ~ん」
 と、家内までなにやらしおらしい。

 5月から数えて50日超も釣行した放蕩亭主のしおれた背中に同情したのか、はたまた亭主元気で留守がイイが終わるのがやるせないのかはわからないが。
 いずれにせよ終わりは来る。

 このきっぱりあきらめること、また来年と次に思いを馳せること、その気持ちの切り替えが何事においても大切だと言うことを鮎釣りは教えてくれる。

 だから、ボクは鮎釣りをやっていなかったらもっとだらしのない人間になっていたと思う。
 鮎釣りに感謝。

 ボクもいつかこのおじさんのように穏やかな鮎釣り師になれるだろうか・・・・・・。


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